議会、2日目。昨日に引き続き会派代表者質問、そして個人一般質問がありました。
これまで、2日間の代表質問で、
8名がそれぞれが市長の所信表明に対して質問したわけですが、
同じ所信に対して質問する角度、すなわち考え方が微妙に違う方から、
180度違う方まで、まさにいろいろな考えが展開されたと思います。

私は、人それぞれ、そうした考え方が違うからこそ会派があるのだし、
それぞれの会派で得意分野、たとえば高齢者福祉が得意、
あるいは子育て支援が得意といった分野があり、
つまり、議員はそうした要望をお持ちの方を代表して議会にきているわけで、
この議会での議論が生まれ、市民のために公平な行政がなされていると考えます。
これが議会民主主義だと思うところです。

さて、昨日、かみ合わなかった点のおさらいをすると、
「市民参加」と「市民参画」があったと思います。
「市民参画」は計画から入って一緒に作り上げていく、という意味合いだと思いますが、
となると、やはり参画できる方のみがその決定過程に関わる訳で、
いくら市の職員がいるとはいえ、市民主権といわれれば、
市民の声の方が強くなり、つまりはその方々の考えが通ってしまうことになります。
すなわち、参加した個人の意見が強く反映された案ができあがるわけで、
たとえばそれが条例などの場合、多くの市民から民主的に選出された議員が、
その案を議会ではかることになり、すんなり通ればよろしいわけですが、
異論があると、市民が考えたことを否定するとは、
あの議員は市民の意見がわからん!!となってしまうとなるわけです。

人によっては「市民参画」は一部の偏った市民ではない。
まんべんなく(偏らない募集によっている)きておられると言っても、
参加したくても仕事などでどうしても参加できない方だっているわけで、
もちろん、特に不満もなく過ごされる、参加しない方々の方が断然多いわけですから、
参加される方々が立派な考えのもと活動していらっしゃるのは十分理解できるところですが、
参加していない、本当に声を出さない、あるいは出せない方たちのお考えを反映しているか、
よくよくお考え頂きたいと思うわけです。

自分と意見の違うことを言う人間はレベルが低い(民度が低い!?)、
というような発想はとても恐ろしいと思います。

昨日(昨夜遅くなったので朝書いてます)は、
そんなことを強く思ったので、書き込んでおきます。


2007.09.07 / Top↑
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