近藤ひろひとです。

連休の合間の平日、今日も淡々とデスクワーク、
日頃できない読み物やら資料確認やらで一日が終わりました。
というわけで、今日は以前から気になっている、
「一票の格差」について書きます。
私は最高裁の判決にケチをつけるつもりもありませんし、
民主主義ですから数の多い意見が通るのは仕方ないと思います。
しかしながら、ホントにそれでよいのか?と疑問もあります。

このところの風潮や不景気による財政不足という意味で、
先の統一地方選挙では議員定数の是正(減員)が多くみられ、
日進市も24議席から20議席に減りました。
私は県議会に挑戦ということで議員を辞職しましたので、
最終的な採決には加わっていませんが、
それ以前の議論や採決には係わっていました。
「少数精鋭で市民の為にしっかり働く議員を」という議論は、
本当にその通りで少数でもしっかり働く議員がいれば、
市民の為にはよいわけですが、
やはり議員も人間ですので普段つき合う人や、
声の大きい人、大勢の人に言われることがどうしても、
その発想の元になると思います。
どの自治体のどの地域も自治会や区長制度などがあり、
それぞれの地域の意見や要望は行政へ上がる制度ですが、
行政の仕事順位も議員の発想同様に、
どうしても前述のようなことで優先順位がきまってくる、
そんな状況ではないでしょうか。
私がここで言いたいのは民主主義であるからこそ、
少数意見にも耳を傾ける、そしてそれが将来的に、
あるいは大きな意味で全体に影響を及ぼすようなことであれば、
しっかりと取り組む必要があると言うことだと思います。
私が思うにいわゆる都市部の人が多い地域は、
社会インフラが整備がある程度終わっているわけで、
次に向かう発想は教育・福祉充実、環境保持であり、
また強いていうなら個人、地域の個々の問題と思われる、
細かなソフト面での要望になりがちだと思います。
つまり社会全体のこと将来のことというよりは、
目の前のこと、自分のことに偏りがちではないか。
もちろんそれぞれ日々の生活で大切なことの主張なので、
個々にとっては重要で何とかしたいと理解できます。
国民・市民全員が全て社会全体、将来に渡っての発想で、
物事を考える必要はないですが、
かといって本来そうした大きな事を考えるべき立場の人が、
ひたすら個々の意見のまとめ役ではダメではないでしょうか。

石原東京都知事が「尖閣列島を都で買う」と発言して、
たいへん多くの議論が起こっています。
昨今の報道で無人の島でも日本領土であることで、
その周辺の海域にある資源の所有を主張できることを、
理解される方も多いわけで、
また最近の中国に対する国民感情から言っても、
今後議論が深まるのではと思いますが、
こうしたことといわゆる人口の多い都市部とは、
関係ないかといえば大いにあるわけで、
人のいないところのこともしっかり考えるべきです。
少々話しに無理がありますが、
もう少し身近な話しをすると、
住民の少ない地域にも下水道が通れば環境に良いし、
あるいは道路が整備されれば都市部の方々も、
交通安全を確保されまた時間的にも便利になる。
集められる税金を有効に使うとのは、
払った人にただお返しということではなくて、
広く社会全体が将来に渡って暮らしやすい、
快適な環境をつくるために使われなければなりません。
集めたお金をただ戻すだけなら集めなくてもいい。
日本は領土の少ない国家であり土地をいかに有効に使うか、
そうした意味では土地の面積に応じた発言も必要で、
議員についても人口に応じたというだけの発想には、
個人的には「?」と思うところです。

長い話しにおつき合い頂きありがとうございました。
これから、時々こうした思いを書いていこうと、
思いますので、懲りずに読んで頂ければと思います。

2012.05.02 / Top↑
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