近藤ひろひとです。

「劇場型」という言葉を使われ始めたのは、
小泉元総理の頃からかと思いますが、
それ以後どうもそれを真似しているパターンが多い気がします。
テレビのワイドショーが取り上げやすい「正か悪か」、
いわゆる×か○かという構図を作るのがうまいかどうか、
それで政治的手腕があるように見えるのは全くおかしい。
小沢さんが「僕の事などより国民の事を・・」と話したようですが、
私は小沢さんの肩を持つつもりはありませんが、
やはり、今はそれよりやるべき事があるだろう、そう思います。
日進市のお隣り河村名古屋市長もしかり、
自分の公約は確かに信念としてやり通す覚悟が必要です。
でも、その争点一点で反対勢力を敵のようにブチ挙げるなど、
その昔、日進市も似たようなことがあったような気がしますが、
もうやり方がふるい!もうそんな時代では無くなっています。
意見の相違は誰しもあるところで、その解決のために、
しっかり、十分な議論が必要なことは言うまでもないところです。
しかしながら、その十分なと時間をかけ議論ばかりで前に進まず、
市民が困るということもあるわけで、その兼ね合いが難しい。
執行権者は進めたいから一定のところで裁決をし、
反対意見を敵とするそんな流れがこのところだと言うことですが、
今、市民、国民はそこを冷静に、何が大切かよく分かっている。
木を見て森を見ないのは実は政治家ばかりかもしれない。
と書いて、自分も振り返ってみました。
2011.01.05 / Top↑
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